"棺の中で眠る娘と、吠え続けた秋田犬" 第2話
「健さん」
囁かれた英語混じりの本語は、かったが、酷な氷の刃のように研ぎ澄まされていた。
「あの犬をどうにかして。信じられないわ。神聖なお葬式なのよ。なぜあんな獣を部のに入れているの」
健は苦痛に満ちた表で線を揺らした。元の林業組で専務理事を務める歳の健は、頑固な社会と、先な理性を求めるエミリーの狭で常に神経を摩耗させていた。娘のを失った絶望に打ちひしがれながらも、健には部の隅で凍りついている静子にこれ以の言葉を投げる勇気はなかった。
「エミリー、待ってくれ。ハチはが物つくからずっと……あの子の兄弟のようにして暮らしてきた犬なんだ。今さらの犬に繋ぐことなんて、親族のも……」
「親族の? 冗談言わないで」
エミリーは青い瞳を細め、さらに語気をめた。
「皆、迷惑そうに顔を見わせているじゃないの。お坊様の読経の邪魔になっているのが分からないの? 犬の管理は元の飼い主の責任でしょう。あの女に言いなさい。くへ連れしなさいと」
エミリーの線の先で、静子はぴくりともかなかった。
しかし、静子のには、エミリーの放つややかな毒針のような言葉のすべてが、痛烈に届いていた。彼女はただ耐えているのではなかった。
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を澄ませていたのだ。僧侶の単調な読経の、魚の質な打撃音の隙に潜む、ほんのわずかな「別の音」を、全神経を研ぎ澄まして捉えようとしていた。
ハチの唸り声は、もはや喉の奥で押し殺せる限界を超えつつあった。
「ウゥ……ヴッ……ワン!」
鋭利な破裂音が、凍りついた広の井を叩いた。
読経を続けていた老僧の肩が瞬ね、経文の調子が狂った。弔問に訪れていたの古老たちが穏そうにを固くし、黒い喪の布擦れの音がざわざわと広がる。
「おい、健。いくらなんでも犬が騒ぎすぎだぞ」
親族のである伯父が、膝を乗りして苦言を呈した。
「ちゃんの魂が迷うでねえか。仏事の最に獣の声を響かせるもんじゃねえ。静子さん、おからも何か言ってやれ」
伯父の矛先が静子へと向けられた。親族たちの線が斉に、非難と品定めを帯びて部の隅へと集まる。健から縁されたでありながら、の顔役たちの「娘の最の見送りくらいは」という建で末席に座ることを許された妻。その曖昧なに、親族たちは都のいい責任を押し付けようとしていた。
だが、静子は顔をげなかった。
皙の横顔は蒼で、唇には血の気がなかったが、その差しは驚くほど澄んでいた。彼女は伯父の言葉にをげることも、エミリーの射すくめるような線に怯えることもなく、ただ板敷きので全の毛を逆てているハチを見つめていた。
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ハチは、静子の目を瞬だけ振り返った。
その瞳には、主を失った愁など宿っていなかった。狂気でもなかった。そこにあったのは、かつてがの川に転落しかけた、吹ので静子の着物の裾を命懸けで引っ張って沢へ案内したと同じ、極限の焦燥と理な覚悟だった。
ハチは再び棺へと向き直ると、太い脚を交互に振りげ、古い畳を狂ったように掻き毟り始めた。
バリッ、バリバリッ。
乾燥したイグサが引き裂かれる障りな音が、読経の声を完全に圧殺した。ハチの太い爪が畳の藁にまでい込み、破片がの棺の側面にび散る。の穴をきく広げ、棺のわずかな継ぎ目に濡れた先を何度も押し付けながら、激しく息を吸い込んでは吐きしている。
「フシューッ、フシューッ……クゥーン!」
鳴にい鳴らし。それは、のに埋もれた獲物を掘り起こそうとする猟犬のきそのものだった。
「やめさせなさい!」
エミリーがついに耐えかねたようにちがりかけた。その端正な顔ちには、激しい嫌悪が刻まれている。
「何をしているの! 畳を壊して、棺に爪をてて……あの子の遺体を傷つける気!? 健さん、く警察か猟友会を呼んで! この狂犬を今すぐ処分させて!」
「エミリー、落ち着け! ハチ、来い! ハウスだ、ハチ!」