"私を捨てた元婚約者が、十数年後に知った本当の私" 第5話
「会さん、お疲れ様でーす。ダーリンね、仕事ばっかりで気のない女医先に、とっくに飽き飽きしてたのよ。男のをてることもできない女なんて、緒にいても息が詰まるだけなんだって」
美の言葉に、吉はき直ったように肩を竦め、敵な笑みを浮かべた。
「……まあ、そういうことだ。悪かったな、真子。おが医者として忙しいのは分かるけどさ、男ってのは癒しを求めてるんだよ。美は俺を番にててくれるし、いし、何より女としての魅力が段違いなんだ。おとの結婚は……なかったことにしてくれ」
婚約破棄の宣言を、この男は浮気相の女の肩を抱きながら、さも自分に正当性があるかのように言い放ったのだ。
真子は、く度だけ息を吐きした。
「分かったわ。婚約破棄を承諾します」
「……は?」
取り乱して泣き叫ぶか、座して縋り付いてくるとい込んでいた吉の顔に、拍子抜けしたような抜けな表が浮かんだ。
「承諾するわ。ただし、結婚式のキャンセル料、すでに支払った受、そしてあなたの確な貞為に対する慰謝料は、弁護士を通じて全額請求します。証拠は今、この目で分に確認したから」
「い、慰謝料だと!? ふざけんな、おが俺を構わなかったのが悪いんだろ!」
逆する吉に対し、真子は玄関の方向をたく指差した。
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「この部の賃貸契約者は私よ。敷も礼も賃も、すべて私の座から引き落とされている。……今すぐ、私の界から消えなさい」
その声に込められた絶対な威圧に、吉は言葉を失い、青ざめた顔で自から荷物をボストンバッグに詰め込んで逃げした。美もまた、「最までげのない女ね」と捨て台を吐きながら、赤いヒールを鳴らして夜のへと消えていった。
静まり返った部で、真子はに散らばったの吸い殻をゴミ箱に捨てた。
涙は滴もこぼれなかった。ただ、自らのからな汚物を完全に排除できたことへの、ややかな解放だけが広がっていた。
翌朝、真子は勤務先へ半の休暇届を提し、都からを乗り継いで半ほどの郊にある、吉の実へと向かった。
緑豊かな宅の奥に佇む古い造平建ての本。その敷の角には、漂う檜の芳とともに、職たちの使う鑿や鉋の気よい音が響く作業が併設されていた。
母の玄関の引き戸をけると、割烹着姿の吉の母親・富本が姿を現した。
「あら、真子さん! いらっしゃい。どうしたの、平のこんな朝くに……」
「お母様。突然お伺いして申し訳ありません。……吉さんとのことで、どうしても直接お話ししなければならないことがございます」
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真子の張った表にただならぬ気配を察したのか、は顔を変え、すぐに奥の座敷へと真子を招き入れた。作業から呼び戻された父親の富本源蔵も、油と屑の染みついた掛けをして座卓の向かいに腰をろした。く刻まれた額の皺と、無骨で節くれだったきな掌。寡黙だが、真子が訪れるたびに作りの製写真てなどを器用そうに渡してくれた、優しき職だった。
真子は座布団をし、畳のに正座して々とをげた。
そして、を極力排し、昨夜起きた来事――同棲の部に同級の磯神美を連れ込んでいたこと、婚約破棄を言い渡されたこと、そして結婚式の準備期に起きていた数々の誠実な実態を、系列に沿って克に報告した。
「……吉さんは、私に対して『慰謝料を請求するなら、俺ではなく親父とお袋に請求しろ』と言い放ちました。ですが、私はお父様とお母様におを求するために参ったのではありません。これまでおが私に注いでくださった温かいお遣いに対し、最にお顔を見て、お別れと謝を申しげたくて参りました」
真子がをげた、座敷の空気は完全に凍りついていた。
は両で顔を覆い、肩を震わせて声を殺して泣いていた。
そして、源蔵の拳が、轟音とともに座卓の分い欅の枚板を叩き割らんばかりに振りろされた。
ドゴォン、とい衝撃音がを揺らした。