"離婚した5日後、私が92億円の都心ビルを相続したと知った夫" 第1話
葬儀のの婚届
父の葬儀が終わった直、夫の佐藤浩司は斎の控で、私のに緑の婚届を置いた。
焼の匂いがまだ喪に染みついていた。廊では親族が声で別れの挨拶を交わし、係員が祭壇の菊を片づけている。私は6か続いた父の介護と、朝から途切れなかった弔問客への応対で、指先に力が入らないほど疲れていた。
「署名してくれ。俺はもう限界なんだ」
浩司は父の遺を見ようともせず、胸ポケットから万をした。57歳になった彼のには、先買ったばかりのの腕計がっていた。
「限界って、何が?」
「君は半も実に入り浸って、社の妻として何ひとつしてこなかった。取引先との会にもないし、装にも気を使わない。介護の匂いをさせた女を連れて歩けるとうか」
28、私は彼の会社の帳簿を伝い、創業直には自分の貯から200万円を入れた。父が夜に何度も目を覚ますようになってからも、昼は介護、夜は浩司から送られてくる領収の理を続けてきた。それでも彼のでは、病の父にをませた半だけが、妻としての怠になっていた。
父がくなる2週、私は浩司に度だけ「今夜はそばにいてほしい」と頼んだ。医師から、急変してもおかしくないと言われただった。
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だが浩司は取引先との会を理由に断り、夜、美穂と同じホテルにいたことを示す領収だけを翌朝送ってきた。私は病の子でその画像を見ながら、問いただす気力さえ失っていた。
半きの扉の向こうで、細いヒールがいた。線の匂いに甘いが混じる。浩司の会社で広報を担当する34歳の林美穂が、彼の黒いコートを腕に掛けてっていた。
「あのと暮らすの?」
私が尋ねると、浩司は瞬だけ線をそらした。
「美穂は君と違って、会社の将来を理解している。慰謝料は請求しない。それで分だろう」
彼は万を私の側へ転がした。父をくしたばかりの女なら、泣いてすがり、条件を変えてくれと頼むはずだとっている顔だった。
私は喪の内ポケットに触れた。そこには、父がくなる3、病で私に握らせたの鍵が入っている。
『由美、この鍵は葬儀が終わるまで使うな。浩司君が、自分で何を選ぶのか見届けなさい』
酸素マスクのから聞こえた声はかったが、私のを包んだ父の指には驚くほど力があった。そのは分からなかった。しかし、浩司が差しした婚届を見た瞬、父が待っていたのは今だったのだと気づいた。
私は所と氏名をき、迷わず判を押した。
「の朝、役所へす。あとから泣いても遅いからな」
「ええ。必ずして」
浩司の眉がわずかにいた。だが美穂に呼ばれると、彼は勝ち誇ったように婚届を封筒へしまい、2で廊を歩いていった。美穂の指には、見覚えのない粒の指輪がっていた。
の残りが消えたころ、父の法務を担当してきた伊藤誠弁護士が控へ入ってきた。61歳の伊藤先は、浩司たちの姿が見えなくなったことを確かめ、静かに扉を閉めた。
「ご主は、ご自分ので婚届を渡したのですね」
「はい。の朝に提すると言いました」
伊藤先はく息を吐き、黒い革鞄からさな属箱を取りした。正面にある鍵穴は、喪の内側にあるの鍵と同じ形をしていた。
「では、田郎様の最のごをお伝えします。由美さん、その鍵をお借りできますか」