"離婚後に生まれた息子" 第1話
婚して10か。
佐藤由美は、ようやく朝4の授乳にも慣れ始めていた。
38歳で初めて産んだ息子・誠は、1かを過ぎたばかりだった。夜は2から3おきに泣き、昼も抱いていないとすぐ目を覚ます。それでも由美は、議なくらい穏やかだった。
眠い。体もまだ完全には戻っていない。自分のなどほとんどない。
それでも、結婚していた頃より息がしやすかった。
実の2階。昔使っていた6畳の部にベビーベッドを置き、壁際にはおむつと着替えをまとめた棚を置いた。両親は必なだけを貸してくれる。母は「寝られるに寝なさい」と言うだけで、育児のやり方にをさない。
10。
由美は、こんな活を何度も見ていた。
田健と結婚したのは28歳のだった。健は同いで、当は今よりずっと穏やかだった。
「子供は焦らなくていいよ」
結婚1目、由美が妊娠しないことを気にし始めた、健はそう言ってくれた。
「2で旅もしたいしさ。できたらできたで、その考えればいい」
由美は救われた。
だから2経っても子供ができなかった、2で妊来へった。
最初の検査では、由美にも健にも「絶対に妊娠できない」と言えるようなきな異常は見つからなかった。ただ、齢やホルモン値、精液所見などを含めれば、自然妊娠の能性はくないと言われた。
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医師は、夫婦双方に活習慣の改善と追加検査を勧めた。
最初の頃、健は協力だった。
採血のには緒に病院へった。由美がホルモン剤の副作用で気分が悪くなれば、コンビニでゼリーを買ってきた。
治療3目。
しずつ変わった。
「今も病院?」
「うん。午だけ」
「また会社遅れるのか」
「私だけってくるよ」
「そうして」
5目には、
「今回、いくらかかるの?」
と聞かれるようになった。
7目。
由美が再び夫婦で検査を受けたいと話すと、健は骨に嫌な顔をした。
「俺、にやっただろ」
「先がもう1回確認したほうがいいって」
「何回やっても同じじゃない?」
「数経ってるし」
「俺に問題あるわけないだろ」
由美は、その言葉に何も返せなかった。
医師は度も「原因は妻だけ」とは言っていない。
それでも田では、いつのにか「由美が子供を産めない」という話になっていた。
その考えを最もくしたのが、姑の枝だった。
枝は65歳。健は息子だった。
結婚3目から、会うたびに聞かれた。
「まだなの?」
最初は軽い調子だった。
結婚5目。
「病院ってるんでしょう? 本当にちゃんとしたところなの?」
7目。
「田の血を絶やすわけにはいかないのよ」
そして9目。
枝は由美のでため息をついた。
「健も40になるのよ。男はまだ何とかなるけど、女はねえ」
由美は笑うしかなかった。
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その枝が61歳の、駅の階段で転倒して腿骨を骨折した。
術、約4かのリハビリが必になった。
健は仕事。
義父はすでにくなっていた。
由美は当していた週3のパートを辞め、枝のへ通った。
朝9にく。
掃除。
洗濯。
昼。
通院。
リハビリの送り迎え。
入浴の補助。
買い物。
夕方、自宅へ戻って健の夕を作る。
ある、枝が言った。
「助かるわ。あなたは子供もいないんだから、はいくらでもあるでしょう」
由美は、その言葉を忘れないとった。
子供がいないから。
がある。
子供がいないから。
族に貢献していない。
同じ事実を、都にわせて使い分ける。
それでも由美は反論しなかった。
認めてもらいたかったのだとう。
妻として。
嫁として。
いつか母親として。
もうし頑張れば、こののたちも自分を族として見てくれる。
そう信じたかった。
その期待が完全に消えたのは、婚の3かだった。
その半ほどから、健の帰宅は目に見えて遅くなっていた。
「部署が変わって忙しい」
理由はそれだけだった。
以は遅くなるには必ず連絡が来た。夜9を過ぎれば、「先にべてて」といメッセージが入った。
それがなくなった。
午0。
午1。
由美が、
「夕飯どうする?」
と送っても既読にならない。
翌朝になって、
「接待だった」
で終わる。
休勤も増えた。
装も変わった。
今まで興のなかったブランドのシャツを買い、まで使うようになった。