"四十九日の注文票" 第5話
夫は私に事を話そうとした。
しかし病状が急に悪化し、話せるを失った。を取り戻せないに備えて800万円を守り、千鶴へ私を助けてほしいと頼んだのだという。
私は夫のを最まで読んだ。
《を守れとは言わない。俺を許さなくてもいい。ただ、円が自分で決めるためのだけは残したい。拓也の母親としてではなく、の料理として使ってほしい》
涙はなかった。
夫を許したいとも、責めたいともえなかった。嘘をねながら、最には私のためにを守った。それがなのか、罪滅ぼしなのか、私にはまだ判断できなかった。
ただつ、はっきりしたことがある。
私は無文で追いされるわけではなかった。
そして、32にってきたまで、息子夫婦に売り渡す必はなかった。
翌、私はを通常通りけた。
午10を過ぎると、所の齢者や昼休みの会社員がしずつ入ってきた。肉じゃが、鯖の噌煮、ほうれんの胡麻えを並べ、注文を受けるたびに容器へ詰めた。
がなくなることは、まだ誰にも言わなかった。
拓也は昼過ぎにやって来た。私が退の準備をしていないと分かると、厨の奥まで入り、声をくした。
「昨、どこへった?」
「し調べたいことがあったの」
「父さんのりいに連絡したのか?」
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拓也の目が泳いだ。
私は、千鶴のことも800万円のことも言わなかった。
「に借があるなら、借用を見せて」
「莉奈が持ってる。今度持ってくるよ」
「返済した相の名は?」
「母さんには関係ないだろ」
「のおでしょう。私にも関係がある」
拓也は苛ったように調理台を叩いた。
その音に、先で商品を見ていた客が振り返った。拓也は急に声を落とし、私の肩へ顔をづけた。
「契約を邪魔したら、結にはもう会わせないからな」
胸を刺されたようだった。
子どもの頃、拓也は気のい子だった。
が忙しく、学から帰っても私が相をしてやれないがかった。厨の隅で宿題をし、夕も売れ残った惣菜で済ませた。学になると、友達ので惣菜の息子と呼ばれることを嫌がった。
私は、息子に寂しいいをさせたという負い目を持っていた。
だから結婚資も宅購入のも援助した。孫の費用も断れず、を継ぎたくないと言われれば、それも拓也のだと受け入れた。
その結果、息子は私が最には譲るだと覚えた。
「結を使わないで」
「使ってない。母さんが族を困らせるなら、距を置くしかないと言ってるんだ」
「を売らせないことが、あなたを困らせることなの?」
「俺には俺の活があるんだよ」
「私にもある」
私が言うと、拓也はを閉じた。
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これまで度も考えたことがなかったという顔だった。
「退はするわ」
私が告げると、拓也の表が緩んだ。
「ただし、のにある物は私が理する。厨設備、調理具、レシピ、号は、や建物とは別よ。勝に処分しないで」
「古い具なんか、どうするんだよ」
「それは私が決める」
私はへ戻った。
午、入に閉をらせるを貼った。
《おかず処まどかは、3週の930をもって、この所での営業を終いたします》
《この所での》という言葉を入れた。
次にをく予定はない。それでも、これで終わりだと息子に決められるのが嫌だった。
らせを見た常連客たちは驚いた。
88歳の田シズさんは、毎週曜に煮魚を買いに来る。夫をくしてから料理をしなくなり、私のの煮物だけはべられると言っていた。
「円さん、どこかでまたやるの?」
「まだ分かりません」
「困るわ。スーパーの煮物は甘すぎるのよ」
シズさんはるように言ったあと、目を伏せた。
私は、その言葉を単なる社交辞令だとわなかった。の料理は、客にとって豪華なごちそうではない。仕事から帰ったの夕や、で暮らす齢者の昼になるものだった。
私自は、をきくしようと考えたことがない。
夫が仕入れと経営を決め、私は言われた数を作った。しい商品を提案しても、がかかる、原価がいと退けられることがかった。
それでも客は、私の料理を覚えていた。
閉を告した翌から、客が増え始めた。