"7年目に開いた薬袋" 第1話
昭485、広島県部のさな町には、昔ながらの商が残っていた。は2万ほどで、通りを歩けば顔見りに会い、誰かので何かあれば翌には町に伝わるようなだった。
その商のに、「薬局」という古い薬局があった。1階が舗、2階が居になった造の建物で、の奥には調剤があり、さらに薬の庫を置く倉庫が設けられていた。
薬局を切り盛りしていたのは、45歳の薬剤師、幸子だった。
幸子はこの町で20以働き続けていた。姿でカウンターにつ彼女をらない民は、ほとんどいなかった。
処方箋を持ってきた患者には、薬のみ方を1つずつ説する。のい齢者には、同じことを何度聞かれても嫌な顔をせず、にきな字でいて渡した。
体調が悪くてまで来られないがいれば、自転で薬を届けることもあった。
子供が邪をひいて母親に連れられてくると、薬を渡したで飴を1つのひらに乗せる。
「ちゃんとお薬をんだら、すぐ元気になるよ」
そう言って笑う幸子を見て、泣いていた子供が泣き止むことも珍しくなかった。
薬が必だから来るのではなく、幸子と話したくて薬局へち寄る齢者もいた。幸子はそんな客にも湯みをし、が混んでいなければ世話に付きった。
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「今は腰の具、どうですか」
「薬より、幸子さんと話した方が元気になるわ」
そんなやり取りが、町の常になっていた。
幸子の夫、哲夫は48歳だった。数がなく、几帳面で、帳簿や仕入れ、薬局の経理を主に担当していた。
2には子供がいなかった。
昭28に結婚してから20。朝7に薬局をけ、夜8頃まで働き、を閉めると2階へがるという活を夫婦で繰り返してきた。
所の々は、2が声で喧嘩するところを見たことがなかった。
「本当に仲のいい夫婦ですよ」
誰もがそう話していた。
この町には、民のくが頼りにしている診療所もあった。薬局から歩いて5分ほどの所にある、佐藤医院だった。
院の佐藤医師は52歳。
医学部を卒業、都会のきな病院で約10勤務し、その、故郷にいこの町へ戻って業していた。
診察は丁寧だった。
患者がそうにしていればをかけて説し、齢者の話にも最までを傾ける。によっては往診もい、町では「佐藤先に診てもらえばだ」と言われるほど信頼されていた。
妻も護師として診療所を伝っていた。
佐藤医院で診察を受け、薬局で薬をもらう。
町の々にとって、それはあまりにも当たりの流れだった。
佐藤医師が処方箋をき、幸子が薬剤師として調剤する。
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2の関係は20く続いており、患者の治療について見を交わすこともあった。
に1度ほど、佐藤医師が薬局を訪れ、しい薬について話をするも設けられていた。
幸子はしい薬の説を机に並べ、気になる点を細かく尋ねた。
「この薬は齢の患者さんには量をなくした方がいいんでしょうか」
「そうですね。腎臓の状態を見ながら調した方がいいでしょう」
傍から見れば、医師と薬剤師として互いを尊しう理な関係だった。
哲夫と佐藤医師も親しかった。
昼休みに診療所で緒に事をすることがあり、商の々から見れば、夫妻と佐藤医師は町の医療を支える仲だった。
だからこそ、誰も疑わなかった。
穏やかな佐藤医師も。
物静かな哲夫も。
そして幸子自も、そのが来るまで、20く続いた常が突然壊れるとは考えていなかった。
昭48515。
その朝も幸子はいつも通り7に薬局をけた。
ほうきで先を掃き、ガラス戸を拭き、棚の薬を確認する。やがて佐藤医院から処方箋を受け取った患者が訪れ、幸子はの袖をえて調剤へ入った。
午は、普段と変わらない忙しさだった。
血圧の齢者にはむをいたを渡し、咳の続く男性には「眠くなる薬が入っていますから、の運転には気をつけてください」
とを押した。
昼を過ぎ、客が途切れた頃だった。
幸子はを脱いだ。
そして2階へがると、紺のワンピースに着替えた。