"消された母の名前" 第12話
姉妹は別々のへ乗った。
清子は帰りの内で眠った。
里美は母のが窓へぶつからないよう、で支えた。
向かいの窓に、自分と清子の姿が映っている。
血はつながっていない。
それでも、このが自分の母親だったは確かにある。
そして別の所には、自分を産んだ母親がいる。
どちらかを選ぶ必はなかった。
選ばないという答えも、自分で決めた答えだった。
それから3、清子は里美の名を呼ばなくなった。
認症がみ、自宅での活を続けることが難しくなった。夜のが増え、里美が数分目をしたに鍋をへかけようとしたこともある。
ケアマネジャーと何度も相談し、清子は介護施設へ入ることになった。
入所の、清子は自宅の玄関で抵抗した。
「どこへ連れていくの」
「しばらく泊まる所」
「私はここにんでる」
「分かってる」
「里美が帰ってくるから、待たないと」
目のにいる娘を、もう里美だと認識していなかった。
里美は胸が痛んだ。
「里美は、もう丈夫だよ」
「何で、あなたに分かるの」
「53歳を過ぎたから」
清子は議そうな顔をした。
「ずいぶんきくなったのね」
「お母さんが育てたから」
清子はし笑った。
その笑顔が、幼い頃に見た母の顔となった。
施設の部には、辺で撮ったしい写真を飾った。
清子と直子が、し距を空けて並んでいる。
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職員が尋ねた。
「ご姉妹ですか」
清子は写真を見ても答えなかった。
里美が代わりに言った。
「はい。母の妹です」
直子は、そのもに2回ほど清子へをいた。
清子は内容を理解できなくなっていたが、里美が施設で読み聞かせた。
《姉さんへ。こちらは今も茄子が採れました》
《の写真を、私の部にも飾っています》
《今でも姉さんへ言いたいことはたくさんあります。でも、どれを言えばいいのか分からないので、今は気の話だけにします》
清子はを聞きながら、々笑った。
誰からのか分かっていないもある。
それでも里美は読み続けた。
直子との関係も、母娘と呼べる形にはならなかった。
里美はに度施設を訪ね、仕事や清子の様子を話した。直子も昔のことをしずつ語った。
緒に事をする。
誕にさな贈り物を渡す。
体調が悪ければ連絡を受ける。
それは母娘にも見え、のれた友にも見えた。
里美は、関係へ無理に名をつけなくなった。
直子を「お母さん」と呼んだのは、度だけだった。
直子が肺炎で入院した、里美は病院から連絡を受けた。夜に駆けつけ、苦しそうに呼吸する直子のを握った。
「お母さん、里美だよ」
言葉は自然にた。
直子は目をけなかった。
翌朝、容体は落ち着いた。
数、直子が尋ねた。
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「病院で、私を何と呼びましたか」
里美はし迷った。
「直子さん」
「そうですか」
直子は、それ以聞かなかった。
聞こえていたのかもしれない。
里美も言い直さなかった。
度呼べたからといって、これから毎回そう呼ぶ必はない。言葉は約束ではなく、その瞬の気持ちだった。
里美の仕事は、数の旅企画をに続いていた。
《もう度、らない町へ》は、季節ごとに催するようになった。参加者のくは50代以の女性で、参加もい。
親の介護が終わった。
夫と婚した。
定を迎えた。
勤めた職を辞めた。
それぞれが、の途でち止まり、しい所へ来ていた。
里美は旅の最初に言う。
「無理に皆さんと仲良くしなくても丈夫です。で歩きたいは、で歩いてください」
以の団体旅では、全員が同じ所へき、同じ物を見て、同じに戻ることが切だった。
今は違う。
ずつ歩く速さも、見たい物も違う。
同じ旅に参加しても、同じいを持つ必はない。
母娘も、族も同じなのかもしれない。
ある、里美は辺の町を歩くツアーを企画した。
清子と直子が再会したとは、しれた所だった。古い駅舎、港の堂、岬の灯台を巡る泊の旅。
参加者のが、防波堤ので里美に写真を頼んだ。
「緒に写りませんか」
「私は撮る側なので」
「たまには入りましょうよ」
里美は迷った。
これまで、ツアーの写真にはほとんど入らなかった。