"消された母の名前" 第10話
「姉さんは、昔からそうです。をざけるのに、そのの物は捨てられない」
直子はし笑った。
「何か返す物はある?」
里美が尋ねると、直子は考えた。
「今は、ありません」
清子への返事を急がない。
それも直子の選択だった。
里美は、無理に仲直りさせようとはしなかった。
姉妹の53を、娘がつの正しい結末へまとめることはできない。
清子には清子の悔がある。
直子には直子の傷がある。
会うかどうかも、許すかどうかも、2が決めることだった。
清子の認症は、ゆっくりんだ。
薬をんだことを忘れ、同じ質問を繰り返す。夜に父が帰ってくると言って玄関をけ、里美を自分の姉と違えることもあった。
それでも、自分で着替え、事をし、デイサービスへ通うことはできた。
問題は、里美の方だった。
宅の仕事が増え、域の旅館やからも直接依頼が来るようになった。国旅者向けの案内文だけでなく、古い町並みを歩くさなツアーの企画も頼まれた。
に数万円だった収入は、半には活費のくを賄えるほどになった。
ところが清子の通院やデイサービスの予定が増えるにつれ、仕事の締め切りを守ることが難しくなった。
打ちわせに、清子がへようとする。
夜に眠れず、翌朝仕事ができない。
依頼を断ることが増えた。
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ある、親戚の叔母が言った。
「仕事なんて、今やらなくてもいいでしょう。清子姉さんは、もうくにできないんだから」
里美は答えた。
「私にも活がある」
「でも、独でしょう」
その言葉を聞いた瞬、里美は笑った。
りすぎると、は笑うのだと初めてった。
「独なら、活がないの?」
叔母は慌てた。
「そういうじゃなくて。夫や子どもがいるより、自由がきくでしょう」
「自由がきくから、全部引き受けろってこと?」
「親のことよ」
「お母さんの姉妹でもあるでしょう」
叔母は黙った。
親戚が帰ったあと、里美は台所で泣いた。
母を捨てたいわけではない。
育ててもらった恩を忘れたわけでもない。
ただ、自分の仕事やをすべて差しすことが、本当に親孝なのか分からなくなっていた。
翌週、ケアマネジャーへ相談した。
「もうし、預かってもらえるを増やしたいです」
にするのは怖かった。
介護から逃げる娘だとわれる気がした。
ケアマネジャーは責めなかった。
「里美さんが倒れたら、お母さまの活も続きません。ショートステイも利用してみましょう」
に4、清子が施設へ泊まることになった。
最初の利用、清子はった。
「私を捨てるの?」
「4だけ」
「直子のところへくんでしょう」
「仕事をするの」
「私より仕事が事なの?」
その言葉は、里美が子どもの頃、清子へ何度も言いたかった言葉だった。
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参観に来なかった母。
内職に追われ、里美の話を聞かなかった母。
学学に反対しながら、「あなたのために働いている」と言った母。
「どちらが事か決めない」
里美は答えた。
「お母さんも事。私の仕事も事。私自も事」
「勝ね」
「お母さんの娘だから」
清子はったままへ乗った。
里美は見送ったあと、空になったへ戻った。
静かだった。
母がいないことへ罪悪を覚えた。
同に、ほっとした。
その両方をじる自分を、以なら責めただろう。
今は、どちらも本当だと認めることにした。
4、里美は仕事をした。
旅案内の文章を仕げ、しいツアーの見へった。元の古い製糸、沿いの寺、さな噌蔵を歩いた。
里美は、会社員代のように勢の旅者を運ぶ企画ではなく、6ほどでの暮らしをる旅を考えた。
観名所だけではない。
古い商。
元の女性が営む堂。
使われなくなった駅舎。
の途で仕事を変えたたちの話を聞く。
ツアーの名を《もう度、らない町へ》にした。
最初の参加者は4だった。
全員50代から60代の女性で、夫をくした、仕事を辞めた、子どもが独したがいた。
「で旅するのが怖かったんです」
参加者のが言った。
「でも、きな団体旅は疲れる。こういうさな旅なら来られるとって」
里美は、その言葉がうれしかった。
自分の経験は、古くなったのではない。