"消された母の名前" 第9話
「私を、お母さんと呼ばなくていいです」
里美は頷いた。
「今は、呼べない」
「はい」
「でも、また来ます」
直子の目に涙が浮かんだ。
里美は抱きしめなかった。
も握らなかった。
ただ次に来ると約束した。
53の空を、度の面会で埋めることはできない。
埋める必もないのかもしれない。
空があることを認め、その両側からしずつ言葉を置く。それが今の里美にできることだった。
「私は、直子の代わりだったの?」
里美が尋ねると、清子は庭の梅のを見ていた。
午のが縁側へ入り、母の髪を照らしている。デイサービスから戻ったばかりで、胸には折りで作った名札をつけたままだった。
「誰が?」
「私よ」
「あなたは里美でしょう」
そのは、娘の名を正しく覚えていた。
「直子さんを助けられなかったから、私を引き取ったの?」
清子はしばらく梅のを見つめた。
「最初は、そうだったかもしれない」
里美は息を止めた。
「直子が病院で泣いてた。子どもを取らないでって。私は、自分が悪いとった。昔、でをしたから、あの子はで何とかしようとして、あの男にすがったのかもしれないって」
「全部自分のせいだとったの?」
「そうえば、何かできる気がした」
清子は膝ののを見た。
「本当は、直子のは直子のもの。私が緒に逃げなかったことだけで、全部決まったわけじゃない。
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でも、若いは分からなかった」
孝雄から里美を引き取る話をされた、清子は度断った。
妹の子どもを育てれば、直子の失敗を見続けることになる。自分にはできないとった。
しかし病院で赤ん坊を抱くと、里美は清子の指をく握った。
「その、何をったの?」
「この子だけは、誰にも捨てさせないって」
「直子さんからも?」
清子は頷いた。
「だから、奪ったの?」
「そう」
母がはっきり認めた。
「あなたのためだったと言いたい。でも、私のためでもあった。子どもができなかった私が、母親になりたかった」
里美は何も言えなかった。
清子は里美を救うためだけに引き取ったのではない。
罪悪。
母親になりたい気持ち。
妹へのり。
族を守りたい執着。
いくつものが混ざっていた。
「でも」
清子は続けた。
「あなたが初めてをした夜、直子のことは考えなかった。学へ入ったも、学へったも、あなたは誰かの代わりじゃなかった」
清子は娘を見た。
「私の子だった」
里美の目から涙が落ちた。
欲しかった言葉なのか分からない。
母が自分をしていたことは、っていた。
そのがく、に里美の選択を奪ったことも事実だった。
「私、お母さんの子だったことを嫌だとってない」
清子の唇が震えた。
「でも、直子さんの子でもある。それを消さないで」
清子は頷かなかった。
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い、何も言わなかった。
やがて縁側からちがり、自へ入った。
戻ってきた、にはさな箱があった。
には、赤ん坊の頃の里美の産着と、母子帳が入っていた。
母親名の欄には、《川島直子》とかれている。
「これだけは、直せなかった」
清子は言った。
「病院でかれたから」
里美は母子帳を受け取った。
の体。
。
授乳の記録。
予防接種。
1か以の文字は、清子の跡だった。
冊のに、2の母親がいた。
「直子さんに見せてもいい?」
清子の表がこわばった。
「返してほしいと言われたら?」
「これは私の物でしょう」
清子は娘を見つめた。
以なら、拒んだかもしれない。
だが、そのはゆっくりをした。
「そうね」
さな返事だった。
里美は母子帳を胸に抱いた。
母が初めて、自分のに関する物を娘へ返した。
それから里美は、に度、直子を訪ねるようになった。
清子には毎回伝えた。
最初の数回、清子は嫌を悪くした。夕をべず、里美が帰宅してもを利かなかった。
里美は謝らなかった。
「来もくから」
そう言うだけにした。
4回目の訪問、清子がさな包みを差しした。
「直子に」
には、古いの裁ち鋏が入っていた。
直子が飾学へきたいと話した、祖母が買ってくれた物だった。をるに置いていき、そのまま清子が保管していた。
直子へ渡すと、く鋏を見つめた。
「姉さんが持っていたんですね」
「捨てられなかったみたい」