"消えた実印" 第1話
野文が、仏壇の引きしから実印が消えていることに気づいたのは、70歳の誕を3に控えた朝だった。
き夫・正雄の位牌のには、さな鍵付きの引きしがある。そこにはと建物の権利証、預通帳、印鑑登録証、実印をまとめた紺の巾着を入れていた。を建てた38から、保管所を変えたことは度もなかった。
ところが、その朝は巾着のがいていた。
通帳と印鑑登録証は残っている。
実印だけがなかった。
文は畳へ膝をついたまま、引きしの奥までを入れた。数珠、古い典袋、正雄が使っていた腕計をつずつ取りしたが、黒牛の印鑑は見つからない。
の午、男の嫁・織がへ来ていた。
「蔵庫に傷んだ物がないか、見てもいいですか」
そう言って台所を片づけたあと、織は仏にも入った。のを替え、線てに溜まったを掃除し、仏壇のでをわせていた。
文が買い物へた20分ほどの、織はにでいた。
ほかに考えられるはいなかった。
文はすぐに話をかけた。
「織さん、昨、仏壇の引きしをけた?」
話の向こうで、い沈黙があった。
「仏壇のお掃除はしましたけど、引きしは触っていません」
「実印がないの」
織はすぐには驚かなかった。その自然なを、文は聞き逃さなかった。
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「もう度、よく探してみましたか」
「探したから話してるのよ」
声がくなった。
「昨ここへ来たのは、あなたしかいないでしょう」
「お義母さん」
織の声がしくなった。
「今から伺います。達也さんにも連絡しますから、何も触らずに待っていてください」
「達也には言わなくていい」
文は反射に答えた。
男の達也は45歳で、宅設備会社に勤めている。織と結婚して18になり、2の娘・美と3で、で20分ほどれたマンションに暮らしていた。
文は息子を配させたくなかった。
それに、嫁のことを息子へ告げする姑だとわれるのも嫌だった。
「まず、あなたと話したいの」
「分かりました。30分ほどできます」
織は話を切った。
文は仏壇のへ座り直した。
正雄がくなって5になる。筋梗塞で倒れ、救急で運ばれたの朝まで、夫婦はこので普通に朝を取っていた。
文は噌汁をし、正雄は聞を読みながら「今はか」と言った。それが最の会話になるなど、考えもしなかった。
夫の、達也は何度も同居を勧めた。
「で倒れたらどうするんだよ。うちへ来ればいいだろう」
そのたびに、文は断った。
このには正雄が植えた梅のがあり、台所の柱には達也と妹の由紀のを測った跡が残っている。所には40来のがおり、歩いてける商も病院もある。
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便利だから残りたいのではない。
ここで暮らした自分のまで、誰かの都で畳みたくなかった。
織は達也ほどく同居を勧めなかった。
「お義母さんがで暮らしたいなら、その方法を緒に考えましょう」
そう言って、週に2度ほど様子を見に来た。
最初の頃、文はありがたいとっていた。
織は買い物に付きい、い米を運び、スマートフォンの使い方を教えた。病院の予約をカレンダーにき、正雄の命には必ずを持ってきた。
しかし半から、織の様子が変わった。
へ来るたびに蔵庫をけ、薬の残りを数え、ガスの元栓を確認する。台所の棚には勝に付をいたシールを貼り、居の話の横にはきな文字で緊急連絡先を置いた。
「まだ、そんなもの必ないわよ」
文が言っても、織は穏やかに笑った。
「のためです」
のため。
その言葉で、文はしずつ自分のを管理されているようにじ始めた。
さらに1か、織が産会社の広告を見ているところを偶然見た。
《無料査定》
《築古宅もご相談ください》
《この域の価格、昇》
文が部へ入ると、織は広告をすぐにバッグへ入れた。
「何を見ていたの?」
「ただのチラシです」
説はそれだけだった。
そのの夜、文は達也へ話した。
「織さん、うちを売ろうとしてるの?」
達也は笑った。
「何言ってるんだよ。