北海道江別市で2024年10月に発生した大学生集団暴行死事件で、主犯格とされる川村葉音被告(21)は他の少年2名とともに、20歳の長谷知哉さんに暴行を加え、キャッシュカードなどを奪取し死亡させた罪で起訴されています。この裁判員裁判で検察は川村被告に無期懲役を求刑。一方弁護側は計画性の欠如と偶発性を主張し、13年の有期懲役を相当としました。被害者の姉や遺族代理人は死刑を要求し、遺族の深い悲しみと厳罰への訴えが法廷で明らかにされています。判決は6月25日に予定されています。

惨たらしい暴力で若き命が奪われた本件は、法的正義と復讐心の均衡を問う、極めて社会的意義の大きい事例です。一方で少年を含む加害者たちによる暴行が「計画性がない」という弁護は全く議論の余地がありません。滅多打ちに暴行を加え、金品を強奪するという一部始終が偶然であると言い切れるなら、他のどんな事件も「偶発」で済まされてしまうでしょう。
本事件が浮き彫りにするのは、未成年を含む犯罪に対する制度の甘さと、刑事政策の曖昧さです。まず、厳格な量刑基準の再整備が必要です。また、加害者が更生の言葉を述べたとしても、それが被害者側の「正義感」を補えるかどうかを重く考慮すべきです。そして地域社会では、未成年が深刻な犯罪行為に及ぶ背景を究明し、連携して防止策を講じるべきです。
悲しみから生まれる怒りが二度と繰り返されないためにも、そこで用意される「法の判断」と「社会的取組」の質こそ、今、最も問われています。
ネットからのコメント
1、何年経っても、被害者家族は苦しみ続けます。加害者達が嘲笑いながら殺したのは、被害者だけではない、その家族達も殺された事と同じなのです。その苦しみは察するに余りあります。3人と言う永山基準が生きているのなら、この加害者達はもう、十分その極刑の基準に達していると思います。
2、こうした情状酌量の余地もない凶悪事件では、きちんと厳罰に処さないと、この被害者姉の言われるように、個別に恨みを果たす天誅的な二次事件が起きてしまう。
法治国家、裁判の重要性は、こうした個人間の裁きを防ぐためにあるはず。裁判所も、判例とやらに囚われて加害者に甘い判決ばかり出していたら、そうした弊害を生むことも自覚してもらいたい。
3、最近若者たちの凶悪犯罪が増えているのは、こういう甘い量刑の影響が大きいのではないでしょうか。検察は、事件の注目度や将来の類似事件の抑止も踏まえて求刑すべきだと思います。検察も事勿れ主義のお仕事感覚なのかなと感じます。自分達の判断が将来の日本の犯罪事情にも影響を与えるという事を自覚して仕事をして頂きたい。
4、可能性が低いとしても、最高刑を求刑して欲しかった。仮に最終的な判決が無期懲役だったとしても、裁判期間中は自分が最高刑に処されるかもしれないという気持ちを味わいますから、そのことがせめてもの弔いになるような気もします。とは言え、無期懲役は現在は仮釈放はほぼ無いとのことなので、他の共犯者共々、生涯収監されながら自問の日々を送って欲しい。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/e0d85270305e99dbe3d194b421ebbe1d7a8b989f,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]