藤岡弘、が18日にX(旧ツイッター)で毎年終戦の日に議論になる政治家の靖国神社参拝についての持論を展開しました。藤岡は、靖国神社問題について「首相の参拝に賛成の人、反対の人。それぞれの意見があることは大いに結構である」とコメントし、「私はこの国のために命を捧げ、死んでいった人の魂に手を合わせることに対し、なんらやましいことはないと思っている」と述べました。
藤岡の主張は、国のために命を捧げた人々への敬意を示す行為としての参拝であるとし、個々の意見の存在を認めています。
政治家の靖国神社参拝問題は多くの国民にとって感情が揺れるテーマです。藤岡弘、のコメントはその中心にある慰霊の意義を強調しますが、これを受け止める側の歴史的背景や感情を無視することはできません。参拝をめぐる議論は、国内外の関係を左右する重要な問題です。意見が対立しても、お互いの歴史観や感情を尊重し、冷静な議論を通じて共通の理解を模索することが大切です。国民としては、こうした対話を通じて未来の世代に平和と共生の価値をより強く築いていく道筋を見つけていきたいものです。
ネットからのコメント
1、藤岡さんのご意見に大いに賛同いたします。靖國で会おう。会いに来てください。との言葉を残し多くの兵隊さんたちは戦地でお亡くなりなったと聞いています。
また残された遺書にそう綴られているのを目にします。政治利用だの外交的配慮だのなんだのと、そんなことはお亡くなりになった御霊にとっては関係のない話です。靖國さんは祈りの場です。右も左もありません。ただただ安らかなれと御霊の安寧を願う場です。なので勝手に色をつけないでもらいたい。
2、まったくもってそのとおり。日本のために命をかけて戦い亡くなられた方に頭を下げに行かないことの方が「やましいこと」ではないか?中国や韓国に忖度することが正しいことだとか勘違いしている国会議員は片っ端からバッジを外させる法律整備を希望する。終戦記念日に親族の冠婚葬祭行事、体調不良以外の理由で靖国に参拝しない国会議員の名簿を国会議事堂前に晒してもらいたい。各新聞社はその名簿を16日の朝刊一面に掲載してもらいたい。次回選挙の資となるでしょう。
3、藤岡さんの言葉はシンプルですが、まさに本質を突いていると思います。靖国参拝は、賛否や外交的な思惑が絡んで複雑に語られがちですが、根本は「国のために命を落とした人に手を合わせる」という行為であって、そこにやましさを持ち込む必要はないはずです。
大切なのは、戦争を美化することなく、犠牲を二度と繰り返さないという誓いを重ねることだと思います。
4、その通りだと思います。国のために命を無くした人の慰霊の為に参拝する事のどこが悪いのでしょうか。世界のどの国も、戦争等で亡くなった人を慰霊している。それをとやかく言う方がおかしいし、まして、朝鮮人も特攻などでなくなっている。その人達の慰霊にまで文句を言われる筋合いは無い。日本の誰でも(総理であろうが大臣であろうが)参拝するのは当然であり、それに文句を言うなら『内政干渉』として逆に抗議するべきだと思う。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/76866bae3a774eec651cdd090d34dcbe561c0cd4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]