石破茂元首相は、退任前に発表した戦後80年に合わせた「内閣総理大臣所感」を通じて、日本の過去の戦争への反省を示した。彼は特に1940年に斎藤隆夫元衆院議員が行った「反軍演説」に触れ、日中戦争に対する批判が議事録から削除されていることに対し、全文復活を目指すとした。石破氏は与野党協議を呼びかけたが、ジャーナリストの後藤謙次氏は自民党内での支持が低く、困難が予想されると指摘。
石破氏は演説の内容を理解した上で議論すべきと訴えた。また、2015年の安倍晋三元首相の戦後70年談話を所感の不要論の背景に触れつつ、「日本の政治システムが戦争突入を防げなかった理由への答えを出す必要性」を示した。

この問題は、社会の健全な反省と制度の欠陥に関わる問題を突きつけています。石破茂氏が提唱した過去の戦争に対する議事録の復活は、日本がいかにして戦争に突入したのかを深く反省し、学ぶための重要な一手です。しかし現状、自民党内からの反発が示され、過去の失敗を直視する勇気を欠いていることが浮き彫りになっています。その問題の本質は、歴史を正面から見据えず、安心感を得るために議論を避ける姿勢にあります。この状況を打破するためには、第一に、与党議員が党内のしがらみに囚われず、歴史的事実を正面から受け止める姿勢を持つべきです。
第二に、国民が過去の教訓を学び、公共の場で積極的に議論を促進することが求められます。第三に、教育制度を通じて透明性のある歴史教育を強化し、若者たちに真実を伝えることが必要です。この取り組みが進めば、日本はより成熟した民主社会として一歩を踏み出せるでしょう。過去を直視し、そこから教訓を得ることで、未来への進路を明るく照らし出す必要があります。
ネットからのコメント
1、同じく党内基盤が弱いと言われた、高市総理はこの短期間に前総理のしりぬぐいを含め、着実に仕事を進めておられる。それに引き換え前総理は言い訳ばかり、何もしないで1年もの時間を浪費した。在任中は脚光を浴びることがなかった悔しさからだろうか、総理の座を下ろされてから逆に悪目立ちが過ぎる。このパターンは鳩山元総理と同じである。総理になることが最終目的の人物に共通のパターンである。要するに覚悟と能力の違いなのである。1年間時間という国益を浪費したのだから、せめてやめてからは国益に反することはしないでいただきたいものである。これも言論の自由ですか?どんな総理であったにしろ、外国はそれを利用することを忘れないでいただきたいものである。
2、石破氏は「資料を読み、感情ではなく事実で議論すべき」と主張する。しかし自身の政治姿勢は、原発、安保法制、防衛費といった重要政策で明確な結論を避け、世論の空気を読みながら批評者の立場に回ることが少なくなかった。安倍政権に閣僚として参加しつつ、責任は距離を置いた形で論評に転じる姿勢も、「歴史を直視し、政治は責任を引き受けよ」との持論と整合しない。戦前政治の教訓を語るならば、まず自らが決断の当事者として責任を引き受ける姿勢を明示すべきであり、「反石破」という感情論を批判するのであれば、同様に「批評する側」に立ち続けてきた自身のスタンスも問われるべきだ。
3、この番組自体が後藤謙次氏など典型的左派枠で、石破氏が斎藤隆夫の反軍演説やらあの戦争はなぜ防げなかったのかという話を延々と展開する姿には、どうしても違和感が残ります。もちろん歴史を学ぶ姿勢は重要ですが、今の安全保障環境中国の軍事圧力、レーダー照射、スパイ工作に対して必要なのは、スパイ防止法・インテリジェンス強化・核シェア・日米同盟の抑止力強化という実務。TBSのような文脈では、どうしても自虐史観の再生産に寄りやすく、現実的防衛議論から外れがちです。
石破氏の反石破で判断しないでほしい、安倍談話への答えを出したかったという主張も、結局は自身の立ち位置を正当化するための自己弁護に近い。安倍元総理に対する強いコンプレックスが透けて見える瞬間でもあり、国家戦略としての説得力には欠けます。残念ながら、安倍さんのように国際社会の力学を踏まえた大局観を持ち、主導力を発揮できるタイプではない。
4、石破前総理が表に出て発言を続ける事に批判があるけどね。メディアの方も何で石破さんを起用するかね。やっぱり高市政権や安倍政権への批判を言わせたい意図があるのかね。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/38eeb6f16fb526dbe095f3c23b3747debf45a545,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]