都内で小学生の子どもを持つ親たちが最近直面している問題の一つに、「学校で道具を洗わず、家庭で洗う」という新たな慣習があります。特に、墨や絵の具で汚れた習字の筆やパレットを持ち帰り、自宅で洗うことに戸惑いを感じる保護者が多くいます。この変化はおおよそ10年前から始まり、授業時間の効率化や学校の洗い場混雑を避けるためとされています。
しかし、これにより親には洗いものの負担が増え、洗面台が汚れることに対する不満もあります。一方で、洗う行為自体を学習の一部と捉える意見もあり、地域によって学校で洗う場合もあることから、実施状況はまちまちです。教育評論家の親野智可等氏は、道具を授業内で片付けることが教育の一環であるとし、親子で協力して家庭での片付けを行うことも一つの方法であると提案しています。

この変化する教育現場の光景を前に、親たちは合理性と負担増加の狭間で揺れ動いています。物事には理由があることを理解しつつも、この「新しい普通」がもたらす不便を見過ごすわけにはいきません。授業時間の効率化と、家での作業負担のどちらが真の教育に資するかを問うことが必要です。第一に、学校における育成の一環として、道具の洗浄作業をもう一度見直し、それを通じて子どもたちが自立して片付けを行う機会を増やすべきです。
第二に、学校設備の充実を図り、道具を洗う専用のスペースを設けることや授業時間の調整を検討することが求められます。第三に、親と学校が積極的に対話し、両者で互いに歩み寄る解決策を見出す努力が必要です。この問題解決を通じて、子どもたちの自立性や教育の質を高めることが、まさに今、求められています。
ネットからのコメント
1、純粋に授業の内容として妥当かを考えればよく、本件に家の洗面台掃除がどうのこうのといった話はどうでもいい。道具を準備するところから授業時間が始まるなら、片付けまで授業中に行われるのが妥当と思う。限られた時間や施設で効率的に作業する方法を考え・実行するのも学びだろう。
2、東京都のある地域は廊下の蛇口の殆どが自動水栓に変わりました。(学校からの要望ではなく、教委が決めていつの間にかそういうことになっていた)そのことで、各流し場の一箇所のみは通常の向きを変えられる蛇口で、その他は全て感知式の自動水栓に。当然、勝手に止まるので、洗い物には不向きです。子どもたちが洗い場を掃除する際は、勝手に止まるし向きも変えられないしで面倒な様子。
衛生的に問題ありだと思いますが(子どもはそういうの考えずよくやりますが)出水口に直接触れて向きを変えようとする始末。書道の後の筆洗いなんかはやりにくくて仕方ないようで、これまた直ぐに止まるのを防ぐためにいじり放題。家が汚れるという指摘は最もなのですが、学校も当然汚れるというのは無視されてないですかね。排水・汚水処理についての指摘が他の方からありましたが、事情は理解して欲しいなと思います。
3、洗うのはしょうがないにしても今の子水筒だタブレットだと毎日荷物重たいんですよ。月曜なんてこれに上履きと体操着があるから先日測ったら全部で5キロの重さでした。低学年なんて体重20キロちょっとしかないのに重すぎです。大人で考えたら体重50キロの人に12.5キロの重さだよ?これを背中に背負って20分弱の登校可哀想でなりません。これ以上持ち帰り荷物増やさないでほしいと思います。
4、アラフィフです。私の通った小学校は市内一のマンモス校だったからか、筆と硯は洗わず練習後の半紙で綺麗に拭き取る指導でした。もしそれでも気になる子は個別に持ち帰って自宅で洗う。
学校で洗うとどうしても洗い場が混雑するから。逆に絵の具に関しては洗っていました。筆は事前に水入れで洗い、パレット含めて洗い場で短時間ですすぐ感じで洗うよう指導されていました。綺麗好きの女の子だと自前のティッシュである程度汚れを拭き取ってから、洗っていましたね。当時は習字1コマ、図工は2コマで時間的に余裕があったのかもしれないですね。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/63e42120b79d07d8b33d154680199fc4cfd38739,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]